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東京の山・神奈川の山・関東周辺の山を夫婦で「気ままに山歩き」登山・ハイキング・トレッキングの山行記録です。

丹沢・小川谷出合~丹沢湖北岸道路丹沢・小川谷出合~丹沢湖北岸道路


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丹沢・小川谷出合~丹沢湖北岸道路
平成30年(2018)11月19日(月)9名

     

大仏大橋から丹沢湖バス停へ向かう途中の紅葉。先行のメンバーが小さく見える

玄倉~小川谷出合~丹沢湖北岸道路~丹沢湖のGPS軌跡

昨年の今日、山友達のTさんが丹沢湖畔に車を止めて行方不明になった。Tさん所属の山歩きの会で丹沢湖畔を歩くというので同行させていただくことにした。
昨日の天気情報では「日中曇り」の予報であった。玄倉バス停を降りて歩き出すと、なんと薄日が差し、青空も少し見えるではないか。雨空も覚悟してきただけにこれは有難かった。

玄倉から見た玄倉川橋

玄倉川橋は青と白のシンプルな橋だ。今日は風がなく穏やかで橋脚が湖面に映えていた。

玄倉第一発電所の水圧鉄管

玄倉から歩きだして10分弱で右手の斜面に鉄管が敷設され上に伸びている。これが玄倉第一発電所の水圧鉄管なのだ。この水圧鉄管の取水先は約3.8km先にある玄倉ダムの貯留水にある。エメラルド色のユーシンブルーで有名になった玄倉ダムには玄倉第二発電所があり、その取水はユーシン渓谷の更に上流にある熊木ダムから取っている。
玄倉第一発電所は1958年(昭和33年)より運転が開始された。ユーシンブルーの玄倉ダム取水口からの送水管は途中で1個所屈折するが、そのあとはほぼ一直線に玄倉第一発電所に達する。発電所の上部に水槽があり、そこに貯められた水は落差258.2mの水圧鉄管を落下する。水量は1秒間に2立方メートルで発電量は4,200kwである。水圧鉄管とは特殊な送水管のことで、落差に相当する高水圧や衝撃に耐える強度のある鋼材が使用される。この水圧鉄管にユーシンブルーの水が流れているかと思うと少し不思議な感じがした。
(注意:玄倉ダムは2018年1月から通行止めになっている。これは玄倉林道の石崩隧道から洞角隧道間の斜面崩壊による落石が危険なためである。)

玄倉林道から石棚山(1351m)

玄倉第一発電所を過ぎて歩いていくと前方の山と山の間にひと際高い山が見えてきた。この山は檜洞丸から伸びる石棚山稜の石棚山である。この写真にはないが石棚山の右手に見える「真ん中のピークが飛び出た特異な山容」はユーシンから端を発する同角の頭(1491m)である。


立間大橋から切り立った崖の玄倉川下流側を見る

立間大橋から、2~3m程の巨石が散在する玄倉川上流側を見る

この立間大橋の玄倉川上流を少し行ったところで左側から小川谷が合流する。この辺りで沢と沢が合流するので出合という。この場合、合流する支流の名を付けて小川谷出合というように呼ぶ。本流は玄倉川で右(東)方向に蛇行してユーシン渓谷を経て檜洞丸・蛭ヶ岳・丹沢山・塔ノ岳・鍋割山などが水の源流となる。

立間大橋から戻る途中の玄倉川の紅葉

立間大橋から今来た道を戻る。行きと帰りでは景色が違って見えるものだ。だから行きと帰りには、新たな発見もある。これは太陽光の方向が変わるために、見え方が違うのだろうか?そのためか玄倉川沿いの紅葉や黄葉がひと際鮮やかなところが眼についた。

丹沢湖北岸道路から玄倉を見る

玄倉川橋を渡り丹沢湖北岸道路(正式には玄倉中川林道)を歩く。対岸の玄倉地区に煙が立ち昇り山里の桃源郷を思わせる。丹沢湖北岸の山域はほとんどがバリエーションルートである。昭文社の山と高原地図「丹沢」でもこの辺り一帯は空白地帯となっている。以前は地図上に破線で表示されていたが、現在は載っていない。丹沢湖北岸の主な山は大ノ山・戸沢ノ頭・遠見山・大杉山などである。これらの山には道標はほとんどなく、手書きの山名板が有る程度なのだ。そのため踏み跡は不明瞭で複雑な地形のため支尾根や沢に迷い込みやすい。広い尾根が有るかと思えば、痩せ尾根や崖沿いがあり、道迷い・滑落・転落・落石などの恐れがある。過去には道迷いや滑落などが度々発生し、行方不明者などはいまだに未解決なものもある。そのため初心者はもとより登山経験者でも単独行は避けるべきなのだ。また当然のことだが、こういう山域に入る時は必ず登山計画書を出すべきだ。少なくとも自宅にもそのコピーを残しておきたい。
今日は大ノ山や戸沢ノ頭への取付き点を何か所か確認しながら丹沢湖北岸駐車場まで歩く。


丹沢湖北岸駐車場

丹沢湖北岸のほぼ中央部にある駐車場には十数台の車が駐車出来る(写真)。今日は平日とあってか車が1台も停まっていなかった。もっとも土曜日・日曜日でも車を停める人は少ない場所なのだが。
駐車場の端の木にTさん所属山岳会の手によると思われる「情報提供・求む」のポスターが付けられている。その傍らの地面にYさんが持参した花束を置いた。そして、Kさんが持参した酒を花束の周りにかける。そういえば、Tさんは日本酒が好きだった。登山後の反省会でもビールのあとは必ず辛口の日本酒を頼んでいた。現在、Tさんは行方不明だが生死不明なので、手を合わせる訳にもいかない。みんな黙ってそれらの所作を見つめているだけである。

トウネズミモチの実

トウネズミモチ(唐鼠黐)はモクセイ科の常緑高木。花期は6~7月頃で黄白色の花を多数咲かせる。 中国原産で日本には明治初期に持ち込まれた外来種である。高さ10~15mになり公園や庭に植えられている。小鳥により種が運ばれ野生化したものが多い。実は直径5~6mmの球形に近い楕円形でネズミモチの実よりやや大きい。10~12月に黒紫色に熟して白い粉をかぶる。名前の由来はトウ(唐:中国)から来たネズミモチだから。ネズミモチは黒紫色に熟した実がネズミの糞に、木がモチノキに似ていることから付けられたが、トウネズミモチはネズミモチより葉や実がやや大きく葉脈が透けて見えるので区別がつく。

丹沢湖畔のセンダン(栴檀)の実

丹沢湖畔はカエデ類が多く植えられており、それらがいま紅葉の時を迎えている。ほぼ無風の状態で湖面も穏やかだ。1.5センチほどの鈴なりのセンダンの実が湖畔に趣を添える。

丹沢湖北岸駐車場から大仏大橋へ向かう途中「野嵐」の地名表示版

丹沢湖には玄倉川橋、大仏大橋、中川橋、永歳橋、世附大橋、世附川橋など大小57の橋が架かっている。この丹沢湖北岸道路を歩いていても実に橋が多い。次々に橋を渡りながら歩いているのである。丹沢湖北岸駐車場から大仏大橋に向って歩く。その一つの橋のガードレールに「野嵐」という金属表示板が付けられている。これは橋の名前ではなく地名(字名:あざめい)である。この「野嵐」には見覚えがあった。広報 平成30年1月特報 ニシタンだより 松田警察署三保駐在所に次のように記載されているのである。「神奈川県松田警察署山岳救助隊 平成29年活動の記録 番号:30 11月20日 月曜日 状況:山北町野嵐から何れかへ登山して、消息不明。性別:男 年齢:71 態様:その他 負傷程度:行方不明 登山届:無」。これはまぎれもなくTさんを捜索した時の記録なのである。この付近の地名を「野嵐」といい、Tさんはこの野嵐付近から登山して消息不明になったとされている。野嵐付近とは勿論、車があった丹沢湖北岸駐車場である。平成29年度の松田署管内の遭難者数は39名で内3名が行方不明者で、いずれも見つかっていない。
この「野嵐」表示板の先を行くと何本かあるミツマタの木には、もう小さなつぼみが付いていた。


丹沢湖北岸道路の紅葉

昨年の11月19日にTさんが行方不明になった。警察や所属山岳会が数日間に渡り、捜索をしたが手掛かりがつかめない。そんな昨年の11月26日にこの丹沢湖北岸道路を歩いたのだった。登山計画書が出されていないので、Tさんが何処へ行ったかは定かではない。ただ、Tさんが駐車した場所と大ノ山の取付き点を見てみたかった。その日はちょうど丹沢湖ハーフマラソン大会があり、この湖畔の道路はマラソンランナーがひっきりなしに走っていた。そういえば今日はこの道路を走る車がバカに多い。きっと来週の11月25日(日)に行われる丹沢湖ハーフマラソン大会の下見を兼ねて車で通る人が多いのだろう。

千代の沢展望台から大仏大橋と世附権現山(右上)

丹沢湖北岸道路(玄倉中川林道)は東の玄倉川橋と西の大仏大橋の間にある。大仏大橋の東寄りに駐車場がありトイレも設置されている。その駐車場の東側から千代の沢展望台への登り口がある。少し急な石の階段を登ると途中で踊り場状になり更に登って行く。平らな広場から右手に行くのが第一展望台であり、左手を更に登るのが第二展望台である。第一展望台までゆっくり登って10分ほどで標高差は50mほどである。ここからの景色は素晴らしい。今日は曇って見えなかったが、晴れていれば「関東の富士見百景」と言われる富士山がみえる。眼下には大仏大橋が湖面に姿を映し、橋の右手上部に見えるのは世附権現山である。

ここで、Kさんがわざわざ用意してきた紙コップに先ほどの日本酒をついでみんなに配ってくれる。そして、Tさんが早く見つかることを願って献杯する。皆さんがそれぞれ用意してきたおつまみを次々に持ってくる。私は何も用意してこなかったので頂くばかりである。そして秋田の高清水という酒だが辛口で旨い。展望台は50mほどの長さで我々の他には誰もいない。しばらくお酒を飲みながら景色を見たり歓談したりして過ごす。Kさんに「このお酒を持って帰って」といわれる。1.8リットルのパックの酒が半分以上は残っているのだ。献杯した酒なので、有難くいただいてザックに入れる。コップに半分以上の酒を飲んだので、次第に酔いがまわってきてふらふらする。急な階段で危ないので、ストックを使って注意しながら降りた。

駐車場に下り車道を大仏大橋へと向かう。橋の上では3、4人ほどの釣り人が、何本もの竿を橋の欄干下から出し湖面に釣り糸を垂れている。ちょうど釣り人の一人が5センチほどの銀色の小さな魚を釣り上げた。釣り人に「ワカサギですか?」と聞くと「そうです」と返ってきた。バケツの中を見ると十数匹のワカサギが泳いでいた。大仏大橋を渡り、左手に三保小・中学校を見て通り更に湖畔を歩いて行く。前方にカエデと思われる大きな木が紅葉している(一番上の写真)。これほど大きく見事なカエデの紅葉はあまり見たことがない。紅葉に感心しながら、浅瀬入口バス停を過ぎて永歳橋を渡る。

丹沢湖記念館の「三保の家」茅葺屋根の葺き替え工事

永歳橋を渡って直ぐ右の落合館・太平楽というそば屋に、Yさんが食事ができるかを聞きに行く。1時を過ぎていて今日はもうおしまいだという。直ぐ近くの丹沢湖記念館では古民家の屋根の葺き替え工事をしていた。丹沢湖バス停近くの丹沢湖レストハウスは営業中で混んでいた。この店の前でしばらく席の空くのを待つ。蕎麦やラーメンなどの他にダムカレーなども人気があるようだ。食事をして出てきたおばさんが「おいしいよ!」という。ダムカレーはご飯をダムに、ルーを湖水に例えたカレーライスのことで、各地のダム周辺の飲食店では今やダムカレーが定番となっている。私はラーメン好きなので、丹沢ラーメンにも引かれたが今回は温かい蕎麦を注文した。

丹沢湖記念館にある三保の家は江戸時代末期の民家だが、世附地区で1973年(昭和48年)頃まで使われていた。だがダム建設の計画が持ち上がり1978年(昭和53年)に今の場所に移転し復元された。ダム建設もこの年に完成した。湖底に沈んだ家は二百数十戸に及ぶが、主な地区である(旧)三保村にちなみ三保ダムと名付けられた。この三保ダムによって出来た人造湖が丹沢湖である。現在、三保の家は移転当時から40年が経ち茅葺屋根の葺き替え工事が行われている。2018年11月末までに屋根の半分を新しい茅に葺き替えし、2年で全面を葺き替える予定だという。2年がかりなのは大量の茅の確保や予算なども関係しているのも知れない。

三保ダムから大野山(中央上部後方)

バスの到着時刻までしばらく時間があるので、三保ダム周辺をみんなで散策する。先ほど食事した丹沢湖レストハウスの並びに駐車場がありその脇から三保ダムの堰堤を歩ける。堰堤の左側(南)から見下ろすと道路が蛇行して幾重にも下っているのが見える。下りきったところがダム広場とみられる。ダム広場の脇には田ノ入発電所があり丹沢湖からの落差を利用して発電がされる。広い堰堤は延長500m以上はあろうか。西側の末端にはダムの放流設備があるのだが時間の関係で行かなかった。次の機会にゆっくり見てみたい。

三保ダムから永歳橋(中央右)と世附権現山(中央上部後方)

三保ダム堰堤の草紅葉

乙女の涙

丹沢湖バス停に戻り近くにあるモニュメントを見る。林泉と名付けられたモニュメントは針葉樹をイメージした大きな2本の柱が立っている。その脇に女性の石像彫刻が二つある。一つは座像でもう一つは湖を向く立像であり「緑に寄り添う人の心」をイメージしたとある。清楚で憂いをおびた乙女の立像に鳥の糞が落ちただけなのだが。なぜか涙を流しているかのように見えた。それは私だけではなかっただろう。

コースタイム 歩行3時間10分 距離9.8km 累積の登り下り±600m
小田急線新松田駅(バス)8:25発~玄倉バス停9:25→10:12立間大橋→10:50玄倉川橋→11:30丹沢湖北岸駐車場11:45→12:20千代の沢展望台12:50→13:00大仏大橋→13:30丹沢湖レストハウス(昼食)→三保ダム堰堤散策→丹沢湖バス停(バス)15:05~JR御殿場線谷峨駅~松田駅。

過去の記録 2017年11月26日、玄倉~丹沢湖北岸~丹沢湖バス停


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