2023年(R5)6月5日(月)2名

山北駅~洒水の滝~河村城址歴史公園~浅間山~山北駅のGPS軌跡(クリックで拡大)

JR御殿場線松田駅ホームから富士山が見えた

久しぶりにJR御殿場線を利用した。以前使えなかったPASMOやSUICAが使えるようになっていた。とはいってもまだ区間限定のようで 国府津駅などでは使用できず事前にチェックが必要だ。(2023年現在、下曽我駅~沼津駅間は利用可能なようだ)

JR御殿場線山北駅北口(かっては東海道線の主要駅だった)

山北駅では南口に降りようとしたが連絡通路へは入れないので北口から降りた。松田駅寄りに南口との連絡通路がありスロープか階段が使えるようになっていた。南口へ出て谷峨駅方向に向かうと共同浴場「さくらの湯」がありその隣に山北鉄道公園があった。鉄道公園は山北駅に隣接した広場でD52蒸気機関車などが展示されている。鉄道公園(山北町観光協会)

山北駅南口前に咲いていたカシワバアジサイ(柏葉紫陽花)

山北駅の開業は1889年(明治22年)で134年以上の歴史がある。かつては東海道線の拠点駅であり山北は鉄道の町として栄えた。現在の東海道本線は丹那トンネル(熱海駅~函南駅間)ができるまでは国府津駅~沼津駅間の御殿場線が東海道線であった。熱海駅経由のルートは山岳地帯であることからトンネル建設が困難だったためである。しかし難工事であったが1934年(昭和9年)に総延長7,804mの丹那トンネルが完成し熱海駅~函南駅が開通した。丹那トンネルの開通後は熱海ルートが東海道本線となり、国府津駅~沼津駅間は御殿場線となって現在に至っている。元は東海道線であり複線であったが第二次世界大戦当時は既に御殿場線になっていた。そのため戦時中の資材不足のため単線化され回収したレールなどの資材は他の用途に利用された。

山北駅から洒水の滝へ向かう最初の左折地点

南口から線路沿いを少し行き二つ目の跨線橋を北口側に渡る。そしてそのまま線路沿いを歩いた。5分ほど歩くと山北橋バス停があった。ここを左折する。

陸橋から御殿場線を見る(山北駅方向)

陸橋の下の線路を眺めながら渡る。

洒水の滝へ向かう歩行者専用の通路

歩行者専用通路が出てきた。やがて酒匂川にかかる足柄橋を渡る。ここから歩道が無くなり車道の脇を歩くようになる。左側には交番があった。300mほど歩くと平山バス停である。

滝沢川沿いの洒水の滝散策路入口

平山バス停前を右折すると川沿いの道となり左側には「みっちゃん食堂」があった。滝沢川沿いに散策路がありここを歩いて行くと洒水の滝はもうすぐだ。

洒水の滝観瀑台への階段226段(左)と滝手前の赤い橋(右下)

洒水の滝は三段で、一の滝は69m、二の滝は16m、三の滝は29mの落差。『新編相模国風土記稿』では、「蛇水の滝」と記されており、古来より相模国の最大の滝であった。また、鎌倉時代初期の真言宗の僧文覚が百日間も滝に打たれる荒行を積んだ地としても知られ、付近には文覚が安置したといわれる洒水の滝不動尊を安置する「常実坊(穴不動)」がある。神奈川県道726号矢倉沢山北線から滝近くまで、滝沢川沿いに遊歩道が設けられている。
2004年に立て続けに落石が発生し、ベンチや遊歩道の階段などが損傷したため立ち入り禁止となっていた。全長118m、226段の遊歩道と地上40mの新たな観瀑台が整備され、2022年4月8日に一般開放を再開した。引用:洒水の滝 Wikipedia

赤い橋から洒水の滝を見る(クリックで拡大)

洒水の洒(シャ)の字は酒(サケ,シュ)ではありません。洒(シャ)には「すすぐ」「そそぐ」「洗う」という意味があり、洒水は身や物を清めるときに使われる水のことです。洒(シャ)を使った言葉に「お洒落(しゃれ)」や「瀟洒 (しょうしゃ)」などがある。

名水百選洒水の滝、ひしゃくが置いてあり飲めるようになっている

洒水の滝と名付けられたのは、いつ頃の事かよく分からない。江戸時代後期の地誌「新編相模国風土記稿」によれば「その形状銀河の中天より落つる如く、当国随一の瀑布と云うべし」とある。古くから「蛇水の滝」と記されており相模の国第一の滝とされていたようである。なるほど、そういえば洒水の滝の落ちる形は白蛇が滑り落ちる(昇る)姿にも似ている。そして「蛇水(ジャスイ)の滝」も「洒水(シャスイ)の滝」も呼び方が良く似ている。多分、蛇水では縁起が良くないので「清らかな水」の意味の洒水に変えたのではないか。

かながわの景勝50選 1979年(昭和54年選定)
名水百選 1985年(昭和60年選定)
日本の滝百選 1990年(平成2年選定)

赤い橋手前から洒水の滝を見る。前々日の大雨で水量が凄い(クリックで拡大)

洒水の滝は日本の滝100選にも入っている。神奈川の滝としてはその他に早戸大滝があるが大変な難所で一般の人が見るのは難しい。それに比べると洒水の滝は車(タクシー)で行けば徒歩5分のところにあり極めてアクセスが良い。洒水の滝は遠くから見たことがあったが近くで見るのは初めてだ。なぜ今まで見なかったのかが悔やまれるくらいだ。とはいっても2004年の落石事故以来、危険なため立ち入りが禁止されていた。その後も18年間もの長い間立ち入り禁止や工事期間が続いた。そして待ちに待った観瀑台が完成し間近に滝を見ることができる。観瀑台の階段は226段もあり登るのに10分ほどかかる。苦労して登った地上40mの観瀑台から見る洒水の滝に圧倒される。前々日の大雨の影響からか今日は特別水量が多いようだ。そして見下ろす滝壺あたりに虹がかかっている。

観瀑台から見る洒水の滝、滝壺付近に虹がかかる。修正画像(クリックで拡大)

しばし眺めを楽しみ地上に降りる。帰りの散策路途中の広場に東屋がありそこでお昼の休憩にした。近くには農産物直売所のような無人売店もあり大根や野菜、びわなども置いてある。連れがびわを購入したので食べてみると、みずみずしくて爽やかな甘みがありとてもおいしい。
しばし東屋で休憩してから河村城址歴史公園へと向かう。県道726号の平山バス停前に出ると河村城址への標識がありそれに従って進む。小さな橋を渡り右手方向に進む。酒匂川にかかる高瀬橋を渡る。途中に日向活性化施設の公衆トイレが右手にあった。要所に河村城址歴史公園への標識がある。トイレから最初の標識を左折して、次の標識を左折すると坂道になった。左手に箱根連山が見えてきた。舗装道だが道が細くなり行き止まりとなった。ここからは山道となった。ストックを下ろして山歩きの準備する。山道は階段状に整備されているので登りやすい。

河村城址歴史公園

山道の登りは標高差60mほどである。しばしの登りで緩やかになると標識があり分岐が出てきた。ここ右折したところに河村城址の「馬出郭(うまだしくるわ)」の標識があった。河村城址に出会った最初の場所なのだ。そして直ぐに右手のほうが開けており見晴らしが良さそうなので進んでいく。木橋(堀切)を渡り草原の中の路を進む。

河村城ってどんな城?
現在の山北町周辺を支配していた河村氏が、山頂付近に砦のようなものを築いたのが河村城の始まりと言われています。
南北朝時代の記録に「河村城」と書かれているので、このころには城があったと考えられます。では、今、浅間山に連なる丘陵の山頂にある河村城はいつの時代の城の姿を残しているのでしょうか。それは戦国時代、河村城が北条氏の城だった頃の姿です。
しかし、河村城には小田原城のような、水を蓄えた大きな堀や石垣、天守閣はありません。
それは、河村城が山城と呼ばれる城だからです。山城とは山のでこぼこした地形を活かして敵に攻められにくいようにつくられた城で、山頂付近には山を削ったり、土を盛ったりして、平らにした郭(くるわ)があちらこちらにあります。
山城は戦いになった時だけ使われた城で、普段、人々は山のふもとの平らな土地で生活していました。河村城では南側のふもと(現在の岸地区)が生活の場所であったと考えられ、河村館跡(かわむらやかたあと)と呼ばれる遺跡が残っています。
引用:河村城跡(かわむらじょうあと)山北町

河村城址歴史公園、中央左に「展望あずまや」が見える

前方に展望台のようなものが見えてきた。地図でみると「展望あずまや」であった。「展望あずまや」に上ってみる。付近の山の展望はあまり良くないが小田原市街が見える。富士山は山の陰に隠れてほとんど見えない。

「展望あずま」やからみた栗の木

ただ、草原やあたり全体の風景が見渡せる。大きな栗の木に白い花がたくさん付いている。

河村城址歴史公園の草原から箱根連山

展望あずまやから箱根連山が見える。中央の坊主頭状の山が入道岳(825m)だ。その左側が明神ヶ岳で右側が金時山である。金時山の右に矢倉岳がある。

河村城址歴史公園の出入口

園内の草原上の路を更に進んでいくと出口となった。ここまで車で来れるとみえて近くには駐車場があった。道路を挟んだその向かいには公衆トイレも設置されている。
河村城址歴史公園の出入口を出てから標識類は一切見かけなくなった。

浅間山へ向かう途中から見る、牧場がある大野山(723m)

河村城址歴史公園を過ぎて少し行くと左手に大野山が見えてくる。標高723mだが意外と低く見える。森林を刈り込んだような草原や稜線には桜並木のような立木が見える。

浅間山山頂(248m)

浅間山はほとんど見るべきものはなかった。周囲のほとんどが樹木に覆われ小さな鳥居とキノコ型の祠などと電波塔があるのみだ。浅間山の山名板もついていない。ただ電波塔の点検があるためか道路はしっかりできていた。浅間山からも下りの道路からも標識類は一切見かけなくなった。

浅間山中腹のヘアピン道路からの曽我丘陵、酒匂川、小田原市街

浅間山の下りは3か所ほどヘアピンカーブがある。車が登っていくためなので傾斜は比較的緩やかだ。ここからは相模湾方面の展望がいい。曽我丘陵や酒匂川、小田原などの市街地が良く見える。

浅間山の麓近くから見る、丸山山頂(252m)の株式会社トヤマ本社工場

また、前回の最明寺史跡公園の時のチェックメイトゴルフ場前から見えた丸山が今回は間近に見ることができた。

JR御殿場線山北駅南口(線路をまたぐ通路はホームとは連絡していない)

帰りの道は地図に載っていなくてGPSを頼りに下った。道標がなく道の分岐が多くて分かりづらい、地図にない細い農道や間道を歩いて行く。山北駅に着き鉄道公園を見るのをすっかり忘れてしまった。まあ、今回は行きの時に眺めながら通ったからいいとしよう。次回はゆっくり見たいと思う。

山北駅~洒水の滝~河村城址歴史公園~浅間山~山北駅のコース断面図

コースタイム
歩行3時間(別途:休憩1時間40分) 歩行距離9.8㎞ 累積の上り下り±515m
JR御殿場線山北駅9:40→10:46洒水の滝11:21→東屋(休憩30分)→11:45河村城址歴史公園→12:00展望あずまや→13:38浅間山→14:34山北駅

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